気になった学者 2
シメオン・ドニ・ボアソン
彼の叔父は心配して彼をフォンテンブローの自分の家に引取り、数学のクラスに入れてやろうとしました。
フランス革命も終ってシメオンの父は地方コミューン(自治体)の長になりました。
ここにはパリの高等理工科学校の雑誌が自動的に送られてきて、その中には数学や科学の論文が載っていました。
シメオンはさっそく高等理工科学校の入学試験を受けて首尾よくこれに合格した。
1798年、数学の首席でここを卒業したとき、彼は力学で有名なラグランジュに注目されるところとなりました。
ボアソンは他にフーリエやラプラスなどとも接触できるようになり、刺激をうけて応用数学の研究をはじめました。